心に残る言葉
オードリー・ヘプバーン

ローマの休日で有名なオードリー・ヘプバーンは第二次世界大戦中、こんな経験をしました。
オードリーの叔父と母親の従兄弟はドイツに対する抵抗者だったため、
オードリーの目の前で銃殺されました。
彼女の異父兄弟もドイツの強制収容所に入れられました。
オードリー「 脳裏から離れることはありません。
当時、ナチスが町中をうろうろしていました。
ある時、ある瞬間に記憶がよみがえるんです。
大きな建物の横を通り過ぎた時のおぞましい声。
後になって、拷問されている人の声だと知りました。 」
オードリーは栄養失調のため急性貧血症、呼吸困難、浮腫を患いました。
戦争中、食料がないときはチューリップの球根を食べ、飢えをしのいだといいます。
ようやく戦争が終わり、彼女は努力を重ね女優になりました。
1989年に最後の映画を撮ってから
彼女は国際連合児童基金のユニセフ親善大使に就任し
内戦の続くソマリアやスーダンなど9カ国の子どもたちを抱きしめ、笑顔を届けました。
就任の際に、オードリーは
「わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか
はっきり証言できます。
なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、
食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから。
幸せな子供時代を過ごすチャンスをみな与えられるべきです」
と語っています。
晩年50代になり慈善事業をする彼女がスクリーンに映る姿を見て
多くの人は老けた顔、シワの多さにガッカリしました。
オードリーは答えました。
「顔のシワは多くの出会いを重ねた愛の証です。
私は昔の顔より、今の顔が好きです(^^)」
1993年、63歳でオードリーは世を去りました。
オードリーは村の小さな共同墓地に葬られました。
愛するトロシュナを見渡せる小さな丘の小さな共同墓地に眠りました。
一分間で感動より
女優としてのオードリー、飢餓に苦しむ子供と寄り添うオードリーどちらも素敵です。






オードリー・ヘップバーン
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私にとって最高の勝利は、
ありのままで
生きられるようになったこと、
自分と他人の欠点を
受け入れられるようになったことです。
オードリー・ヘップバーン
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最高だぜ。
これを言い切れる人生て素敵過ぎる!