くくるの乙女はろう者に喜んでもらえる音楽を追求してきました。
それを試す機会がありました。2012年度2013年度に東京都立ろう学校、奈良県立ろう学校が修学旅行で来てくれたこと、2012年度に九州ろうあ者大会に出演したことでした。
その様子をブログから拾ってみました。
聾学校の先生とメール電話で何度も話し合いしました。
話し合いしていくなかで盲ろうの生徒さんは沖縄の盲ろう者との交流を望んでいるのではないだろうかと思いました。
くくるにご来店していただいた他府県のろう者のお客様のくくるの魅力は沖縄のろう者に会えることでした。
そんな他府県のろう者と地元のろう者との交流は手話が飛び交い楽しそうです。
それが沖縄と奈良県の盲ろう者で交流できればとおもうと胸がはずみました。
盲ろう者の通訳介助に理解のない方々にどれだけ、盲ろう者にとって通訳が必要であり生きる喜びにつながっているかを知ってもらえるいい機会だと思いました。
ろう者ならダンスなど見て楽しみことはできますが盲ろう者にはそうはいきません。
ならば振動で音楽を楽しんでもらおうかと思いました。
その実験のため4人のくくるの乙女を和太鼓のライブに誘いました。
ものすごい迫力と振動でした。
これなら喜んでくれていると思っていましたが純子はつまらないと言いました。
シッヨックでした。確かに振動は感じますが音楽を楽しむほどまでには至りませんでした。
ダンスもダメ、振動もダメです。くくるの乙女とサポーターで話しあいました。
Yさんが言いました。打楽器は人類が誕生して最初のコミニケーションの手段であり、楽器の始まりです。
打楽器を実際に体験してもらうのはどうだろうか!
純子
「見るよりやるほうが楽しい。一緒にやるともっと楽しい」
音楽は受身ではなく実際に演奏するほうがもっと楽しいようだ。
確かにくくるの乙女は音楽は大嫌いと言っていたが今は音楽を楽しんでいる。
押し付けにならないだろうかとの意見もあった。私も自信はなかった。
恐る恐るろう学校の先生に電話してみた。
驚きの返事だった。
生徒は皆、好奇心旺盛でなんでもやりたがるとのことで大賛成とのことでした。
手話歌、打楽器も得意とのこと。
先生はくくるでは食事だけと考えていたようです。
くくるも好奇心旺盛だ。
やっと方向性がみえてきた。
生徒にライブ体験してもらうことにした。
くくるバンドの演奏で生徒が手話歌をやる
サポーターと生徒で演奏してくくるの乙女がダンス、手話歌をやることにした。
打楽器は沖縄特有のパーランクーを使ってもらい沖縄の文化芸能に触れ合う機会にしたいと思う。
耳の不自由な生徒、盲ろうの生徒を喜んでもらえるにはどうしたらいいか真剣な討議しました。
町田さんから以前、盲と知的の2重障害ある他府県の生徒さんに太鼓を叩いてもらったところ、とても喜んでもらえたと太鼓のすばらしさと一緒に何かを体験することの素晴らしさを語ってくれました。
わくがみさんから、まず、テンポとリズムを理解してもらい、振動で体に感じる体感、盲ろうの生徒の場合は肩を叩くなどしてテンポを感じてもらうなど意見がありました。
実際に肩を叩きながらリズムよく打楽器を叩くことができるかなと疑似体験しながらの練習でした。
いよいよ来週の水曜日25日、奈良県立聾学校の生徒さんが修学旅行でくくるにきます
奈良県立ろう学校の生徒さんと、一緒にコラボでミニライブを想定して練習しました。
わからないことは、ろう学校の先生に確認して、一つ一つ問題点を克服してきました。
交流の様子は新聞テレビで紹介されました。
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-05-04_33308/沖縄タイムに掲載されました。
紹介します。
【北中城】聴覚障がい者と健常者が共に働き、心通わす場づくりを提供している村和仁屋区の手話カフェくくる(真心)で4月25日、奈良県立ろう学校3年生の森松奏(かな)さん、榎本知奈美さん、森口友香子さん、尾崎雅君、水野達斗君らが、同店と同サポーターや地域住民、利用者が開いた触れ合いパーティーに参加。手話ダンスや民踊、エイサーなどを体験、修学旅行の楽しい思い出をつくった。
オーナーの比嘉隆夫さん(52)の妻真弓さん(46)は風疹児で聴覚障がい者。ブログを通して全国の障がい者と交流や情報交換を行っている隆夫さんに同校から修学旅行の昼食の依頼があり、思い出に残る昼食会を開きたいと隆夫さんはサポーターたちと企画を練ったという。
村渡口区のマジシャン喜納一巳さん(61)も賛助出演を快諾した。同店の「くくるバンド」と「ケントミファミリー」とのセッション、三線と太鼓の振動を感じながら「上を向いて歩こう」「朝まで踊ろう」などを手話で、盲ろう者には触手話で歌い、踊り、エイサーのパーランクーをたたいた。
フィナーレは全員がカチャーシーを踊り、躍動のリズムが一つになった。生徒らは「沖縄の方々のフレンドリーな雰囲気で楽しい時間を過ごせた。この思い出は生涯忘れない」と感想を語り、4人いる引率の一人、柳田智子教諭は「2月に下見に来て食事だけでも十分と思ったが比嘉さんやサポーター、そして地域の方々のぬくもりに感動でいっぱいです」と謝辞を述べた。(翁長良勝通信員)
先日、奈良県立ろう学校の生徒さん、先生から真心の手紙が届きました。
担任の先生の手紙を代表して紹介します。
奈良もずいぶん暑く感じるこの頃です。最高気温が那覇を上回る日があります。天気予報を見ても、沖縄を気になるようになりました。
さて、修学旅行では大変お世話になりました。あんなに大歓迎してくださって、十分なお礼を申し上げるより、ただただびっくりしてしまいました。
沖縄の皆様の温かさと、お店に集っていただいた方々の思いに触れ、本当に心に残る思い出になりました。障害のあるなしに関係なく、同じ空間に共有させていただいたこと、一緒に楽しく過ごせたことに感謝しています。
あの時間のために多くの方々が時間や労力を使ってくださったことも、生徒にしっかり伝えていきます。
生徒も先生も長く心に残るひとときでした。重ねて御礼申し上げます。
お礼が遅くなって申し訳ありません。生徒さんが作った色紙をご笑納ください。修学旅行から帰って、二名の生徒が職場実習にいきました。
幼稚部の前の早期教育部から、その人生のほとんどを一緒に過ごしてきた生徒たちですが、いよいよ卒業後の居場所を探し始めました。
就職に大学にとチャレンジしていきます。これからが正念場です。どうぞ進路が確保ができますように祈ってください。
これからも時々ブログを拝見させてください。
皆様のご活躍を糧に私たちもがんばっていきます。どうぞお身体にご自愛ください。
奈良県立ろう学校 高3担任Y先生
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-201603-storytopic-5.html
東京のろう学校生 和仁屋公民館で住民と交流2013年1月20日
ケントミファミリーの演奏に合わせリズムを取る東京都立中央ろう学校の生徒ら=16日、北中城村の和仁屋公民館
【北中城】修学旅行で来県した東京都立中央ろう学校(久保井礼校長)高等部2年の生徒14人が16日、北中城村の和仁屋公民館で地域住民や手話カフェ「くくる」のメンバーと交流した。同校が昨年、和仁屋にある「くくる」を訪れたことがきっかけとなり、交流が続いている。
頸椎(けいつい)損傷や聴覚障がいなどを抱えながらも音楽活動に取り組んでいる「ケントミファミリー」の演奏が始まると、生徒たちは積極的に舞台に上がり、手話をまねたり、リズムを取ったりして演奏を楽しんだ。地域の老人会のメンバーも交じり、最後はオリジナル曲「だいじょうぶよ~」で全員がカチャーシーを踊って盛り上がった。
生徒らは15日に沖縄入りし、初日はひめゆりの塔などの南部戦跡を巡った。同行した久保井校長は「悲しく、つらいことがあったことは、子どもたちや職員にしっかり伝えたい」と話し、交流について「心のこもったおもてなしだった。素晴らしい思い出になった」と感謝した。
最後に生徒を代表し、奥村泰人君と土岐航太郎君が「大勢の人が集まり、踊って楽しかった。東京に帰っても忘れない」とあいさつした。
「くくる」のオーナー比嘉隆夫さんは「障がいがある人もない人も、問題なくやっていけるモデルケースを地域からつくっていきたい」と語った。
沖縄テレビで紹介された動画です(未公開映像あります)2012年度東京都立ろう学校の生徒さんとの交流の様子です。
http://www.youtube.com/watch?v=9ZEhvNVeWak
8月
いよいよ来週の千九州ろうあ者大会で披露します。数百人のろうあ者の前での演奏です。
純子さんが言いました。
ろうあ者は音楽には興味ないからおしゃべり(手話でのおしゃべり)ばかりしているだろうな。
Yさんがいいました。
みんなが音楽を楽しんでもらっている姿でみんなに喜んでもらおうよ。
Yさんの一言でふっきれた純子さんでした。
今日は九州ろうあ者大会前夜祭でライブしました。
前夜祭では沖縄県ろうあ協会の女子部が華麗なダンスを披露しました。この日のために数ヶ月間、練習してきていました。
みなさん、とても輝いていました。
次にケントミファミリーの出演です。
サポーターのみなさん、数百人のろうあ者の前で演奏するのは初めてであり、手話の世界に面食らった様子でした。
今回はサポーターがろうあ者の世界に入りました。何か感じるものがあったようです。